帰ると必ず立ち寄る場所が一心寺。
いつものように、ただいまと挨拶をしてきました。
亡くなった兄が、そこに眠っています。
私がマラソンを始めた理由はね、亡くなった兄がね、ランナーだったんですよ。
まだ兄が健在の頃は、お金払ってマラソン大会に出る輩を、私は理解できずに居ました。
なんで苦しいのに練習して、さらに高いお金払ってまでして大会に出るのん?と。
理解できないどころか、大会当日に道路を一時通行止めにしたりして、はた迷惑にさえ思ってたくらい(笑)
海外に居た頃、仕事に行き詰った私は周りの誰にも相談できず、切羽詰まって兄にだけメールを投げて相談をしていました。兄も時を同じくして、仕事が大変だったので、そこでお互いに親にも言えないような打ち明け話をするようになりました。
不協和音の続く家庭の中で育ち、それまでずっと兄妹仲良しと言うわけでもなく。
6つも歳が離れているし、私が中学に上がると兄はもう実家を離れ独立した生活を送っていたので、なんとなく遠い他人の様な存在でした。
私が海外で仕事をすることになった際、両親は連絡の取り方もワカラナイだろうから、
と、しっかり者の兄が通信係になってくれたのが連絡を取る切っ掛けでした。
そうしてようやくお互いに色々な気持ちを、本音を話すことができるようになった。
ハジメての唯一の理解者。家族ってこうだよね!って温かい気持ちになれて嬉しかった。
ある日
『走ることが自分の気晴らしなのに、
今はまともに走れなくて自分が情けない。ハハ。』
と、なんとなく自虐的なメールが来ました。
それを読んだ時、ただ走れないだけで、そんなに惨めに思わなくても良いのに?と思いましたが
人は辛い時にはなんでもマイナスに思えてしまうものだなという点で理解できたので
私はそのお返しに、「焦らずゆっくりマイペース。」とエールを送ったら
『エエ言葉やね。それパクらせて貰います。』 と偉く気に入ってくれて。
それから一年もしないうちに突然のお別れがやってきました。
やっと兄妹仲良くなれたと思っていたのに・・・
兄が居なくなってしまってからでは、もう遅いのですが、
そんなことから彼が何を考えて走っていたのか?を知りたくなったんです。
それまで不摂生ばかりしていた私でしたが、少しずつ練習を始めるようになり今に至ります。
私が走ったからって何か答えが見つかるわけでもないのですが。
しかし、そのお陰で今の私がある。
兄には本当に感謝しています。
焦らずゆっくりマイペース。
さ、今日も一緒に走ろう。
![]() |
りんこさん、お元気ですか?大阪帰ってきてたんやね。マラソン大会のTVみたりマラソンっていうとりんこさんを思い出します。あんな長い時間長い距離想像しただけで疲れてしまうのに元気に走りきる姿、素晴らしいです!私も頑張らなきゃって考えさせられます。りんこさんには憧れるけど到底なれないから少しでもその元気にあやかりたい(^_^;)りんこさんと出会ってから自分なりに頑張ってるって思います⁉今もりんこさんからいただいたエアロバイクこぎながらです。またまったりのんびりライドしたいです(^^)
返信削除ツインズママ!元気です♪ 記念すべき初コメント!
削除ありがとうございます。
まだこのウェブサイトを使いこなせていなくて、コメントがついているの気が付かず
今まで返事できていませんでした。スミマセンm(__)m
そうそう大阪に帰ってましたがちょっとバタバタ予定が見えずで、連絡しようか迷ったんだけど諦めました。
ママがすっごい練習を重ねて頑張ってるって聞いてますよ!
ほんと、また【クル・テク・パク】ライドやりたいなぁ~。
次、帰るときは連絡するので会ってやって下さいね♥